絵と日記と、思ったことを書いてみる文章のサイト。

O2-oxygenのインデックス


ちょうげんじつ

2009年 6月 25日

日光にさらしたシーツやタオルケットを取り込み、畳んで、
流しの下の臭いが取れないからと扇風機を回し、沸かした麦茶を飲み…

これらのことを意識的に行っていない自分に気がついた。
この生活が既に当たり前になっていて、私は私が本当に「一人暮らし」をしていることに気がついた。

家に居たときにあれほど恋い焦がれた(?)この暮らしがすでに自明のものになっている。
順応したのだ。
あー、なんだろう、これがシュールレアリズムなのか?

いったい私の持っているものの中で、当たり前だと思っているものはどれだけあるだろう。
そのうち、本当に当たり前なものと、自分や他人の力で獲得しているものはどれだけだろう?

失ってはいけないものを見つけてしまったんだよー と稲葉浩志も歌っていたなあ。
なんかだんだん捻くれてきたなぁ、ワシ。

母校に行ってきた

2009年 6月 14日

今日は母校に行ってきた。
前回行ったのが卒業式の時だから、3ヶ月ぶりくらいである。
文化祭前の準備のお手伝いと称して遊びに行ったのである。

学校近くの駅で同期にメールして、誰が来るか聞いてみたけど返信がない。
まあとりあえず行くかと思って歩いていると、お菓子屋さんの中に同期2人の姿を見つけた。元スーパーサブと元会計である。

元会計は、腰に鎖を巻いていた。なんでや。
なんやかんやと大学の話をしながら歩いた。
元会計は面白い奴が大学にいないので不満らしい。サークルでも入ってみたら、と勧めたが、気が進まないらしい。

母校の様子は変わりなかった。進路指導室の前を通りかかったので覗いてみると、
よく話した愉快な先生がいた。相も変わらずマスクをしておられた。
先生は、私の下宿生活が心配な様子であった。

「Mokoさん!一人暮らしの誘惑に負けてませんか!」
「むっ!誘惑とは何のことですか!」
「そ、そんなこと口では言えません!とにかく僕はお父さんとして心配です!!」

いつから先生は私のお父さんになったのだろうか。
とか思いながら3人で中に入り、1時間くらい雑談をしていた。
元会計は、OBなのに学ランを装着している。腰に鎖を巻いている。その格好で大学に行ってるのかと聞くと、「まだ」行ってないらしい。
ゆくゆくは行くつもりなのか。恐ろしい元会計である。

途中、ラルクの人と元相方さんが通りかかった。ラルクの人が雑談に加わった。
なんでも徹夜したそうで、顔に生気がない。しかし昼から先輩のライブに行くそうだ。
ラルクの人のバイト先には、私と雰囲気の似た社員さんがいるらしい。一度見てみたいものである。そして彼のサークルには、彼と似た新入生がいるそうな。

そのうち、元相方さんが部屋にやってきた。文化祭のための体育館のセッティングを手伝って欲しいとのことだった。荷物を置きに生徒会室にのろのろと行くと、元委員長がいた。
うっひょー!元委員長ひさしぶりぃ、などと言いながら、連れ立って体育館に行った。

人手は足りていた。
元委員長と私は床に転がりながら雑談していた。今日は来てない同期の話とか、元委員長の大学生活の話とか、そんなんで盛り上がった。
途中、元劇係の人にのしかかられて肩を揉まれた。2つ年下の展示催し物係と人と大学の話をしたりもした。受験前でいろいろストレスだと言うので、受験はちょっと不安なくらいでいいよーと言ってみた。

作業は滞りなく進んでいる様子だった。毎年、こうやって繰り返して行くんだなあ。

—-

12時を過ぎて、小腹が空いてきた。元委員長とるんたるんたとお昼に行くことにした。
玄関まで歩いて行くと、生物の愉快な先生とばったり出くわした。そこでしばらく雑談になった。お前ら、院まで行っとけよ!と諭された。
生物の先生は、私の大学の先輩でもある。今もわけのわからない大学だが、先生が通っていた頃もわけがわからなかったらしい。

友達が酔っぱらってたせいで怖いおにーちゃんに絡まれたことがあったりとか、ある朝大学のロッカールームに入ると「バス停」があったりとかしたそうな。
先生の友人達が酔っぱらって運んだという。そんな話を聞いて顔の筋肉が固まるほど笑った。ちなみにそのバス停は授業のあと、ちゃんと元の場所に戻されたそうだ。

生物の先生といったん別れて、元委員長とミスドに行って担々麺などを啜った。
ドーナツセットにしたのでドーナツがついてきたが、これでもうお腹いっぱいである。すばらしい。

帰りに差し入れのアイスを買って母校に戻った。
3年生が劇のために発声練習をしていた。懐かしい光景だ。

—-

生物の愉快な先生がいる部屋の冷凍庫にアイスを入れさせてもらうことにした。
庫内は鶏の頭とか、鶏の頭とか、先生の個人的な食料とかでぎゅうぎゅう詰めになっいたが、物体の充填方法を変えて無理矢理アイスの箱を入れることに成功した。

先生と、元委員長と、プリッツをつまみながら雑談していた。
部屋にはヤモリの夫婦と、その子供らしい幼生のヤモリがいた。鰓が首周りにぴこぴこ出ていてかわいらしい。

私が好んで小悪魔agehaを読んでいることから、キャバクラのおねーちゃんの話題になり、大学の話になり、京都の話になった。
地方の人にとって京都は観光の対象なんだそうだ。大阪に住んでいた私から見るとそうでもないんだけどな。
そして雑談は続き、進路とか将来の話までした。

時間が来たので後輩達のいるところを巡り、アイスを配っていった。
帰り際、後輩さんに「Moko先輩!!好きですううう!!!」と熱烈な告白をいただいた。「ありがとおおおお!!!!」と返した。

元委員長と校門のところで別れて帰宅した。
トランペットが始まるまであと20分しかない。自転車を力の限り漕ぎ、なんとか時間内に教室に到着して、ぷっぷっぷーとレッスンを受けた。

—-

帰りに鴨川沿いを自転車で走った。美しかった。
ああ、確かに先生の言った通り、確かに京都は観光の名所である。
長い1日だった。来週もまた母校に遊びに行く。楽しみじゃ楽しみじゃ。

MacBookの光学ドライブがぶっ壊れた(過去形)

2009年 6月 1日

MacBookとは、私が普段使っているノートパソコンのことである。
MokoBookと名付けていつも重宝していたのだが、去年の冬あたりに光学ドライブが動かなくなった。
CDやDVDを何度入れても、吐き出されてしまう。

別にCDを入れる用事がなかったから放置したまま、年が明けた。
するとWindows7のRC版(Windows7というOSの、正式に売り出される前のテストバージョン)がリリースされたと言うではないか。試してみたくなった。
だがその為には、CDにデータを焼いてどうのこうのしなくてはならない。
私のMokoBookはCDが読めない。
この先困ることもあるかもしれない…。

そうだ!修理に出そう!
買ってからまだ1年経っていないし、今なら無償修理してもらえる筈である。

というわけでApple サポートセンターに電話したのが27日の夜。
ちょっと早口なおにーさんが応対してくれて、丁寧に状態を聞いてもらった。
そしてMokoBookは修理センターに送られることとなった。
電話した時間が遅かったので、引き取りは30日の昼。データは下手すると消されることもあるので、バックアップを取っておけという。
また、故障原因が持ち主の責任にある場合は、4万強の修理費がかかるとのことだった。

30日、ヤマトのにーちゃんがMokoBookを引き取りに来てくれた。
さようならMokoBook、達者でな…!とは別に思わなかったが、早く帰って来てくれることを祈るばかりであった。
対応してくれたおにーさんによれば、修理には1週間から10日かかるとのことだった。

31日が過ぎ、月が変わって1日になった。
1限の授業を受け、2限の授業を受けていたら、なにやら携帯電話に伝言が入っている。
授業が終わってからそれを再生したら、ヤマトからだった。

「パソコンをお預かりしています。不在届けを入れておりますので云々…」
びっくりした。えらく修理が早いな、と思いながら届けてもらった。

MokoBookが帰って来た。
故障も私に原因があったわけではないようで、修理代はかからなかった。
データも消えていなかった。(故障箇所が光学ドライブだから当然だが)
光学ドライブの修理は入れ替えるだけだから早いのかも知れないが、それにしても迅速な対応である。素晴らしい。

ちなみに、修理後90日間はAppleの製品が5%引きで買える。
修理後半年間に、今回の修理箇所と同じところが壊れたら、また無償修理してもらえるそうだ。
なんか買おうかなあ。

さあ、これでWindows7を入れて遊べるぞー。

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